北に阿蘇五岳、南に外輪山を望む南郷谷。大地が作り出すダイナミックな造形の中、伏流水の湧水地が数多く点在するエリアだ。
南阿蘇村は、阿蘇五岳の南麓にあり、高冷地特有の気候を有する地域。中でも久木野地区は古くから蕎麦の栽培に適した土地とされ、各家庭で在来の蕎麦が受け継がれてきた。長く、地元の人々の自家消費用として栽培されていた種が、減反対策、村おこしの策の一つとして村から栽培を推奨されるようになったのは平成 元年以降のこと。村内に蕎麦の手打ち体験ができる施設ができ、久木野は蕎麦の産地として知られ始めた。そして毎年、新蕎麦が出回る頃には新そばまつりが開かれ、多くの観光客で賑わうようになった。
蕎麦は、毎年お盆あたりに種を蒔く。収穫はおよそ75日が過ぎてから。南阿蘇村で久木野産の蕎麦を味わえる『手打ちそば 南阿蘇 久木野庵』の店主・浅尾秀一郎さんは、両親の後を継ぎ、家族で久木野の在来の蕎麦を栽培している。もちろん、収穫した実で蕎麦を打つ。久木野在来の蕎麦は、「昔ながらの土っぽい感じがする」と言う。きれいな色は出ないけれど、噛み締めるとおいしい。香りは穏やかで、口に含むと途端に蕎麦の風味がふわっと広がっていく。
浅尾さんは、久木野在来の蕎麦の実をかじった時に感じた味わいを、何とか麺に出したいと考え続けてきた。その結果、最近になって小麦粉の使用を止め、十割を実現させたという。
収穫した実は乾燥させ、皮を剥いだ後、浅尾さんは石臼で自家製粉する。味を左右する水は、地下から汲み上げた伏流水を使う。南阿蘇は、環境省の名水百選に選ばれている「白川水源」をはじめ、湧出量が豊富で良質な水が湧く湧水池が多い。手打ちやすく、おいしい蕎麦を仕上げられる水を求め、浅尾さんは村内の水源を巡り、蕎麦の味わいを試してきた。長い時間をかけて残されてきた種と水。そこに住む人の手が加わり、他に真似のできない味を生む。
蕎麦の産地として知られるようになった南阿蘇村。秋には、村内のあちこちで白く小さな蕎麦の花が風に揺れる姿を見ることができる。
南阿蘇村では8月初旬〜下旬にかけて秋蕎麦のタネが蒔かれる。11月中旬になって霜が降る前、7割ほどの黒みを帯びた身を収穫する。
自らも栽培と収穫に携わる蕎麦。「もっと工夫して、その土っぽさを感じさせる風味を引き出す打ち方、湯がき方をしたい」と浅尾さん。
毎秒2トンの湧水量を誇る竹崎水源。南阿蘇村内にあり「試した中でも手打ちしやすく、蕎麦がおいしくなる水でした」
熊本県阿蘇市一の宮町宮地4607-1
TEL:0967-22-4801 / FAX:0967-22-4802