阿蘇の草原が炎で覆われる野焼きが終わり、新芽が芽吹く4月下旬。 外輪山に広がる牧野に、仔を宿したあか牛が放牧されていく。緑の草原の中で草を食むあか牛の姿は、阿蘇を代表的する風景の一つ。その壮大なスケール、人々と自然の古くからの関わりを思わせるにも十分だ。
あか牛は、韓牛が起源ともいわれている褐毛和牛。熊本県内の在来種とシンメンタール種の交配によって改良された固定種で、暑さ寒さに強く、足腰がしっかりしているため放牧に適した性質を備えているという。 性格は温厚。起伏の激しい外輪山に広がる草原をゆったり歩く。
11軒の農家で構成される産山村の上田尻牧野組合では、毎年5月頃にあか牛を放牧し、2月に牛舎に戻す 「夏山冬里方式」を取り入れている。 あか牛はその間、220mある組合共同の放牧地で、1日に40〜50kgの草を食べ、出産し、健康な母乳で仔牛を育てる。
赤身が強く、さっぱりとした味わい。近年、あか牛の肉質は歯ごたえがあり、ヘルシーで牛本来の旨味を感じさせると注目を集めている。あか牛の繁殖と肥育を行う畜産農家の井俊介さんは、「しっかり草を食べて育ったあか牛には余分な脂肪がつかず、病気にもなりにくいんですよ」と教えてくれる。続けて、「草原 が雑木化することなく、また、人畜に有害な虫などが駆除できているのも、先人たちが野焼きを続けてきたからこそ」と力を込める。井さんは自ら牧草も育て、牛舎に帰ったあか牛の冬期の飼料としている。牧草や野草、わらなどの粗飼料を牛が食べたいだけ食べさせる一方、遺伝子組み換えの飼料は与えず、濃厚飼料の 量は制限するのがこだわりだ。
井さんは、「生活の一部であるあか牛を絶やしたくない」と言う。高齢化が進み、人口、農家数が減少している村にあって、若い自分たちが 阿蘇の資源を活用し、受け継がれてきた先人の思いを次の世代に伝えていくことが大切だと考えている。
井さんの牛舎からすぐの場所に環境省名水百選の一つ「池山水源」がある。地元では古くから生活用水や農業用水に用いられてきた。
井さんは、「アニマルウェルヘア」の考えから、あか牛が冬を過ごす牛舎内では、1頭あたりのスペースを十分確保している。
草原のあか牛は、阿蘇の夏の風物詩。放牧期間中は牧野組合の共同草地で、草原に育つ野草、阿蘇くじゅう山系の湧水を飲んで暮らす。
「大切に育てたあか牛のおいしさを知ってもらいたい」との思いで、井さん一家が経営している民宿・農家レストラン『山の里』
熊本県阿蘇市一の宮町宮地4607-1
TEL:0967-22-4801 / FAX:0967-22-4802